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名古屋高等裁判所 昭和51年(ネ)417号 判決

控訴人

岡利彦

右訴訟代理人

伊藤典男

外一名

被控訴人

中京産業株式会社

右代表者

石黒裕運

右訴訟代理人

小出正夫

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は「原判決を取り消す。被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は主文同旨の判決を求めた。

当事者双方の主張および証拠関係は次のとおり追加するほか、原判決事実摘示と同一(ただし原判決二枚目裏二行目の「被告」とあるのを「被控訴人」と、同七枚目裏六行目の「主張す」とあるのを「その主張の準備がなされ」と、同八枚目表五行目の「対等額」とあるのを「対当額」と、同九枚目裏初行目の「第六」とあるのを「第七」と訂正する。)であるから、これを引用する。

(控訴人主張の追加)

一、原判決事実摘示の抗弁1と同2との間に次の抗弁を追加する。被控訴人が控訴人に対し、右抗弁1のとおりの営業用自動車、電話加入権の返還債務(又はその返還不能のときはその填補賠償金の支払債務)および取得利益金、賃料相当額の各返還債務を負つていたので、被控訴人の右債務と本訴請求についての控訴人の債務とは、同時履行の関係にあるから、被控訴人が自己の債務につき履行の提供をせずになした契約解除の意思表示は無効である。

二、抗弁2(同時履行の抗弁)は原審の準備手続終結後に主張されたものであるが、右主張により著しく訴訟を遅滞させるものではなく、かつ控訴代理人が右準備手続中に右主張をしなかつたことにつき重大な過失はない。すなわち、右主張事実については新たな証拠調べは必要でなく、すでに取調べずみの甲第一号証、乙第三号等の証拠資料をもつて判断すればたり、訴訟を著しく遅滞させることにはならない。また右準備手続では、控訴代理人は、営業譲渡契約に基づく控訴人の債務について、その不履行責任を争つていたので、右抗弁2の同時履行を仮定的に主張する必要があると判断していなかつたものであり、かつそのように判断することについて重大な過失がなかつた。

(被控訴人の主張)

右一の主張は右準備手続終結後に新たになされたものであるから許されない。なお右主張事実は否認する。

理由

当裁判所もまた原審と同じく被控訴人の本訴請求は正当として認容すべきものと判断する。その理由は次のとおり補足するほか、原判決理由説示と同一であるから、これを引用する。

一  原判決一一枚目裏六行目の「得意先」の前に「請求原因4のとおりの得意先、その他の」を、同一三枚目表初行目の「原告の取引先」の次に「である前記清水屋本店等」を、同一〇行目の末尾に「その他に右認定を動かすにたりる的確な証拠はない。」を、同一三枚目裏五行目の「一日」の次に「(これは本件記録上明らかである。)」をそれぞれ加える。

二  控訴人は原審において契約解除による原状回復義務の同時履行の抗弁を提出し、当審において更に――その趣旨は必ずしも明瞭ではないが――同時履行の抗弁権の存在を理由とする契約解除の無効の主張をする(以下あわせて同時履行の抗弁等ともいう。)。

ところで、本件記録によれば、本件は原審で準備手続に付せられ、第一回(昭和五〇年五月二二日)ないし第六回(同年九月三〇日)準備手続期日が開かれ、各期日に控訴代理人弁護士伊藤典男が出頭したこと、第六回準備手続期日で準備手続が終結され、要約調書が作成されたが、右期日までに控訴代理人により前記同時履行の抗弁等が主張されなかつたことが明らかであり、また同期日までに陳述された控訴代理人提出の準備書面には、訴外吉原久子(もと控訴人の妻)が本件営業譲渡契約締結後に、被控訴人に譲渡された営業の得意先にえびせんべいを販売したことがあると記載されており、原審での控訴本人の供述中にも、控訴人が右販売の手伝いをした旨の部分もあるので、右準備手続中でも、控訴人はもちろんのこと控訴代理人も、控訴人が右販売に何らかの格好で関与していたことを知つていたものと認められるので、控訴人本人はともかく、弁護士たる訴訟代理人としては、右関与が他の訴訟資料のいかんによつては、本件営業譲渡契約についての債務不履行の問題まで発展し、右契約の解除が有効と判断されるおそれのあることを当然に予想し、仮定的に前記同時履行の抗弁等を主張すべきであり、以上の経緯によれば、控訴代理人が準備手続で右主張をしなかつたことについて重大な過失がない旨の疎明があるということはできない。

のみならず、本件記録によれば、原審の第二回口頭弁論期日(昭和五〇年一二月四日)で証人吉原久子が、第三回弁論期日(昭和五一年二月五日)で被控訴人代表者が取り調べられ、次に第四回口頭弁論期日(同年三月二五日)で控訴本人の取調べが開始され、第五回口頭弁論期日(同年五月二七日)で右取調べが終了したこと、控訴代理人は同年六月二九日原審に提出した準備書面にはじめて同時履行の抗弁を記載し、第七回口頭弁論期日(昭和五一年七月二七日)で右書面を陳述したこと、これに対し被控訴代理人は原判決事実摘示とおりの再抗弁を仮定的に主張したこと、同日弁論が終結されたことが明らかである。

以上の原審における訴訟手続の経過を勘案すると、原審では右抗弁事実の存否を直接の審理の対象とせず、仮に控訴人主張のとおりすでに取り調べられた証拠方法のみにより右抗弁事実の全部又は一部が認められるとしても、被控訴人に反証をあげる機会を与える必要があり、かつ被控訴人主張の再抗弁事実については審理が尽されていないので、さらに右事実について証拠調べをする必要があるものと認められる。してみると、右抗弁の主張を許すことになれば、著しく訴訟が遅滞することは明らかであるので、右主張をすること自体許されないものとして却下すべきである。そして以上のことは当審で追加された同時履行に関する主張についてもいえることである。

そうすると、右と殆んど同旨に出で被控訴人の請求を認容した原判決は相当であり、控訴人の本件控訴は理由がないから、これを棄却することとし、民訴法三八四条、八九条に従い、主文のとおり判決する。

(三和田大士 鹿山春男 新田誠志)

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